
マンションの広告などで見かける「ZEH-M」、ゼロエネ住宅の略語のはずなのに、マンションの多くはゼロエネじゃない・・・今回はこれを取り上げましょう
もう数年前になりますが、このコラムで、省エネ基準の強化と、省エネの義務化について取り上げました。
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もう「興味なし」では済まされない ~ 住宅省エネ「義務化」の足音
2022年は住宅の省エネルギー基準が劇的に変化します。基準が強化され、しかも「法的義務化」されます。もう「興味なし」では済まされませんね・・・ 2022年4月1日から、住宅の省エネ性能表 ...
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住宅の省エネの義務化(適合義務化)はちょうど今年(2025年)からなので、関心をお持ちの方も多いかもしれません。この時のコラムは、【フラット35】S(ZEH)の話から始まっていましたが、主に戸建て住宅のイメージでした。今回は、主にマンション(集合住宅)のお話です。
新築マンションの広告で最近よく見かける、ZEH-M(ゼッチ・マンション)という言葉。
たいていは、「ZEHとは・・・」という解説が付いていて、「ZEHとはnet Zero Energy Houseの略で・・・」と始まります。
ここで頭に「net」が付いていますが、これは「正味・実質」という意味。ですから、ZEHの「net」は、エネルギーの「収支」がゼロという意味ですね。
温室効果ガスの「ネット・ゼロ(net zero)」の説明では、正味・実質という意味の英単語「net」と排出量ゼロの「zero」を組み合わせた言葉、とあります。環境省:ecojin(エコジン)より

目次
- 1 エネルギー「収支がゼロ」の住宅と言うけれど・・・
- 2 (1)「強化外皮基準」について ~ ZEHの外皮性能は「平均熱貫流率(UA)0.6以下(東京など)」というけれど、それってすごい断熱なの?
- 3 (2)「エネルギー消費性能」について ~ ZEHでは「基準となるエネルギー消費量から20%減(BEI=0.8)」というけれど、その「基準」って何?
- 4 (3)「Orientedは再エネ不要」 ~ そもそもZEHとは「断熱性能、省エネ性能、そして再エネによるエネルギー収支ゼロ」ではなかったの?
- 5 ZEH-Mマンションのゆくえ、について
- 6 まとめ
- 7 N 研インスペクション ~ N 研(中尾建築研究室)の住宅診断 お問い合わせ・お申し込み
エネルギー「収支がゼロ」の住宅と言うけれど・・・

マンションのZEHは階数別~低層からタワマンまで、ゼロエネマンションは建物階数で4種類に分類されます(写真はイメージ)
ZEHで必須な「三種の神器」(注)
【フラット35】のサイトに「省エネルギ-基準ポータルサイト(ZEH)」というところがあります。
そこに「ZEHとは」とあるので、引用してみましょう。
ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)とは、外皮の断熱性能等を大幅に向上させるとともに、高効率な設備システムの導入により、 室内環境の質を維持しつつ大幅な省エネルギーを実現した上で、再生可能エネルギーを導入することにより、年間の一次エネルギー消費量の収支がゼロとなることを目指した住宅です。(住宅金融支援機構【フラット35】より、太字化はN研)
まとめて言うと、ZEHには(ZEBもそうですが)いわゆる「三種の神器」(注)があって、それは、
①高断熱性能(断熱強化外皮)+②高効率設備 - ③再生可能エネルギー(太陽光発電など)=ネット・ゼロ・エネルギー(年間エネルギー消費収支ゼロ)
の3つです。

住宅金融支援機構【フラット35】:「省エネルギ-基準ポータルサイト(ZEH)」より
注:この呼び方は、前真之先生(東京大学大学院准教授)「エコハウスのウソ2005」(日経アーキテクチュア)よりお借りしました。本稿執筆にあたっては、前先生が日経アーキテクチュアで連載された「エコハウスのウソ」の記事を参考にさせていただきました。
さらに、マンションの場合は「M」が付いてZEH-M(ゼッチ・マンション)となります。
ここまではいいのですが、マンションの広告などでは、その次に説明が付いていて、「マンションのZEH(ZEH-M)は4種類あり・・・」などと続きます。
はじめての方は、ここで「ん?」と思うわけです。
「その4種類とは、『ZEH-M』、Nearly ZEH-M、ZEH-M Ready、ZEH-M Orientedです・・・・・・
じゃあ、我が家で購入予定のマンションは?となると、たいていは、
「ZEH-M Orientedの基準を満たす、省エネマンションです。断熱性能を大幅に高め、高効率の設備を導入して、快適で、環境に優しく、しかも税制優遇のある・・・」
と続くわけです。
あくまでOriented(指向型)のZEH-Mです。Neary(準)でもReady(レディ)でもなく、Orientedのマンションがほとんど。
で、ZEH-M Orientedの説明を、たとえば、【フラット35】の解説ページで見ると、6階建て以上のマンションに適用されるZEH-M Orientedは、「再エネの導入は必要ない」と明示されています。

住宅金融支援機構 【フラット35】S(ZEH)技術基準 「一戸建て以外(マンションなど)の場合の技術基準」より
「三種の神器」のひとつ「再エネ」が失われたZEH-M・・・なのですね。
①高断熱性能(断熱強化外皮)+②高効率設備 > ネット・ゼロ
つまり、ZEH-M Orientedはゼロ・エネルギー指向型のマンションではあるものの、エネルギー収支はゼロにならない、というわけです。
後ほど触れますが、確かに中・高層マンションでは、低層の場合に比べて、太陽光発電設備を搭載できる屋上面積が限られるので、再エネが限られるというのは、何となく分りますね。
でも、さすがに、「必要ない」とまで言い切られると、ちょっと抵抗がありませんか?

(1)「強化外皮基準」について ~ ZEHの外皮性能は「平均熱貫流率(UA)0.6以下(東京など)」というけれど、それってすごい断熱なの?

ZEHマンション基準のひとつめは「強化外皮」、つまり、断熱性能の高い外壁・窓・床・天井ですね
住宅外皮から熱を逃げにくくする
またややこしそうな言葉「外皮平均熱貫流率(UA)」なんてのが出てきて、イヤになりましたか。ちょっと我慢してくださいね。
まず住宅の「外皮」という言い方、これも何だかなという感じですが、住宅の窓、外壁、床、屋根天井などのことです(熱的境界などとも言います)。
外皮平均熱貫流率(UA値)とは、その外皮を通って「どれくらい熱が住宅の外に逃げやすいかを表す数値」です。

ここでは、「UA値が低いほど、熱が逃げにくい=断熱性能が高い」とだけおぼえておきましょう。
このUA値(低いほど熱が逃げにくい)は、日本国内で1~7の地域に分かれて、要求値が決められています。
ZEH-Mとなるためには、例えば東京(主に6地域)ではUA値=0.6 W/m2Kが求められます。
断熱等性能等級とZEH
2025年から省エネ基準適合が義務化され、以前は最高等級であった「断熱等級4」が標準化、いわば最低基準、となってしまいましたが、この「断熱等級4」で要求されるのは、UA値=0.87 W/m2K(6地域の場合)です。
そして、ZEHが求めるのは、このひとつ上の「断熱等級5」のUA値=0.6(同)です。
(6地域では、さらに上の断熱等級6でUA値=0.46、断熱等級7でUA値=0.26が必要。このように、要求される断熱性能が高くなるほど、UA値は小さくなりますね)
断熱等級(断熱等性能等級):住宅の断熱性を評価する基準で、現在1~7等級まである。「住宅の品質確保の促進等に関する法律」に基づく「住宅性能表示制度」の評価項目のひとつ。住宅の外皮の断熱性(外皮平均熱貫流率=UA値)、冷房期に日射を遮蔽する対策(冷房期の平均日射熱取得率=ηAC値)、結露発生の抑制対策について評価する。

断熱性能や省エネ性能では、何かと聞き慣れない用語・記号や数値が並んで、イヤになりますね。そうした箇所はいったん読み飛ばしても結構です。
外皮仕様のグレードアップ
4種類のZEHマンション(『ZEH-M』、Nearly ZEH-M、ZEH-M Ready、ZEH-M Oriented)のいずれも、「断熱等性能」の要求は「断熱等級5相当」であり、これを「強化外皮基準」と呼んでいます。
非ZEHであれば省エネ基準の「断熱等級4」で良いのですが、ZEHであれば「断熱等級5(強化外皮基準)」とする必要があり、同じ断熱材なら厚みを増す必要があり、開口部(サッシ、ドア)は断熱性能が高い仕様とする必要があるので、当然ながら、コストアップになります。

国土交通省資料「共同住宅等の外皮性能に係るZEH水準を上回る等級について、【参考】外皮の仕様例(5~7地域)」より
その結果、住宅の価格は上がりますが、一方で、借入れ金利の引き下げや税制の特例措置が受けられるなどのメリットのほか、住宅の断熱性能が向上することによって、結露やカビの活性が抑えられ、ヒートショックによる体への負担が小さくなり、健康面での改善が見られるといった研究結果があることにも注目すべきではないでしょうか。
「省エネ住宅の健康効果」については、こちら
UA値の評価方法の変更 ~ 2011年11月の改正
住宅の外皮からの熱の逃げやすさ・逃げにくさは、(一般の人にはなじみの少ない)UA値の数値の大小で表わします。
このUA値という数値は、一定のルールにもとづいた計算の結果です。
UA値[W/㎡K]=建物が損失する熱量の合計[W/K]÷外皮面積の合計[㎡]
という割り算です。
戸建て住宅の場合、外壁や窓や屋根あるいは床下から逃げる熱の合計を、それぞれの面積の合計で割るというイメージです。
一方、マンションの「住戸」の場合、バルコニー側のような外壁だけでなく、隣戸に面する壁(界壁)や、上階や下階の住戸に面する床(界床)でも囲まれています。たとえば図の住戸のような感じですね。

お隣に逃げる熱を、計算上どう考えるか ~ この「熱ロス」の考え方が2022年に「改正」されました。作図N研
この「界壁や界床から逃げる熱」いわば「住戸間の熱ロス」をどう考えるか。
ZEH-Mが始まったのは2018年(ZEH-M評価基準が公表された年)で、このころは「熱ロスを見込んで計算」していました。
この「熱ロス」について、住戸間での温度差係数を0.15(熱損失量が外気比15%)とする、と定められていました。
ところが、2022年11月に国土交通省から、共同住宅等の住戸間の熱損失の取扱いについて、一定の要件を満たせば、この「熱ロスをゼロとして計算」してよいとの改正がありました。
共同住宅等の外皮性能の評価において、現行の外皮平均熱貫流率(UA)の評価方法では、住戸間でやり取りされる熱が単に失われる評価となっており、実態よりも断熱性能が低く評価されている。熱損失の実態を踏まえ、一定の要件を満たしていれば、隣接空間が住戸の場合の熱損失が無いものとして取り扱う改正を行う。(隣接空間が住戸の場合の温度差係数を『0』に見直す。)
国土交通省資料 「共同住宅等の住戸間の熱損失の取り扱いについて」2022年より引用・編集

国土交通省資料 「共同住宅等の住戸間の熱損失の取り扱いについて」の説明図より引用・N研加筆編集
はじめての方には、いったい何を言っているのかと、分かりにくいかも知れませんが、この変更は、外皮および一次エネルギー消費量の計算結果に大きな影響があります。
たとえば、それまではZEH-Mといえば住戸間の界床(スラブ下など)への全面断熱が行われることが多かったのですが、計算の前提(設計内容)にもよりますが、これらが不要となる可能性があります。
これは、マンションの断熱計画そのものにも大きく影響することが考えられます。敢えて言えば、それまでの断熱は要求値に対しては「安全側」であったとも言えますね。
もっと言えば、この「旧評価」から「新評価」の変更により、UA値の数値が0.2~0.3程度小さくなるという試算結果があります。この結果、旧評価では省エネ基準「等級4」(UA値=0.87)であった断熱性能が、新評価ではZEH-Mの「等級5」(UA値=0.6)にアップしてしまうという、かなりショッキングな報告です。
前真之(東京大学大学院准教授)「エコハウスのウソ2025⑦:ZEH-Mはすごいマンション?」(日経アーキテクチュアNo.1258 2024.2-22)より

マンション住戸の上階スラブ下(界床)の断熱なし(左)、全面断熱(右)の例、内覧会にて
「それってすごい断熱なの?」と、これからのマンション内覧会
こうして見てくると、「強化外皮基準」の要求性能である外皮平均熱貫流率(UA値)そのものは、ZEH-Mの初期段階の断熱から同じですが、先ほどの評価方法の変更などを考慮すると、2018年~2022年の断熱性能に比べて、実質的には緩和されてきているように感じないでしょうか。
「いや、そんなことはない、強化は継続している」という声が、供給側から聞こえてきそうですが、これからのZEH-Mをうたうマンション内覧会などで、たとえば界床(スラブ下など)への全面断熱などが、(最上階などは微妙でしょうが)行われなくなっていくのかどうかを確認したいところですね。

床スラブ上断熱の例、内覧会にて
ただし、マンションの結露防止対策としての「構造熱橋部の断熱補強」については、引き続き要求※される内容ですから、内覧会時点ではなかなか観察することができない箇所(見えないところ)ではあるものの、注意してゆきたいポイントではあります。
※国土交通省資料「共同住宅等の外皮性能に係るZEH水準を上回る等級について:結露防止対策について(RC造等について)」より

熱橋部の断熱補強(内断熱の場合の熱橋部の断熱補強、イメージ、作図N研)

外壁側PS内(左)や配管用壁内(右)の床熱橋部の断熱補強例、内覧会にて
(2)「エネルギー消費性能」について ~ ZEHでは「基準となるエネルギー消費量から20%減(BEI=0.8)」というけれど、その「基準」って何?

基準エネルギー消費から2割削減 ~ 大幅な削減達成・・・ではその「基準」とは
住宅のエネルギー効率の評価尺度
ZEHのいわば「三種の神器」は、①高断熱性能(断熱強化外皮、UA値とηAC値で判断)、②高効率設備、③再生可能エネルギー(太陽光発電など)でした。
この二つめは、住宅の冷暖房や照明などのエネルギーの消費を少なくする(効率よく消費する)お話です。
効率よく消費するためには、高効率の設備機器(暖房、冷房、換気、照明、給湯)を採用しますが、そのエネルギー効率を、一次エネルギー消費性能:BEI(Building Energy Index)という数値で表わして評価します。

BEI値=「設計一次エネルギー消費量」÷「基準一次エネルギー消費量」
いちいち「一次エネルギー」などと呼ぶのは、単位が異なるために、電気[KWh]や都市ガス[㎥]などの「二次エネルギー」(一次エネルギーを加工したもの)を、「一次エネルギー」(原油、石炭、天然ガス、原子力など)の消費量の単位[MJ、GJ]に換算して表示するためです。
ZEH-Mに求められるBEI
そして、このBEI値ですが、
・省エネ基準:BEI値1.0(一次エネルギー消費量等級4)
・ZEH基準:BEI値0.8(一次エネルギー消費量等級6)
つまり、ZEH-Mでは、「基準値の8割以下とする」となり、言い換えると基準値の2割減が求められます。
一次エネルギー消費量等級:住宅の断熱性を評価する基準で、現在1~6等級まである。「住宅の品質確保の促進等に関する法律」に基づく「住宅性能表示制度」の評価項目で、今後等級7,8の創設が予定されている。
おさらいですが、2025年から義務化された省エネ基準では、「断熱等級4」UA値=0.87 W/m2K(6地域の場合)、かつ、「一次エネルギー消費量等級4」BEI値1.0が必須となりました。
これに対し、ZEH-Mでは、「断熱等級5」UA値=0.6 W/m2K(6地域の場合)、かつ「一次エネルギー消費量等級6」BEI値0.8が求められます。
では、そもそも、その「基準値」とは何?
BEI値を算定する際、基準値の大小によって2割減すべき削減量が決まりますが、では、そもそも、その「基準値」とは、何なのでしょうか?
まず、住宅、マンションその他の建築物の「設計一次エネルギー消費量」のほうは、その建物の建つ場所(地域区分)やその規模(床面積)、仕様(外皮性能や設備機器の仕様)などの条件にもとづいて算出されます。
それに対応する「基準一次エネルギー消費量」のほうは、定まった値ではなくて、その建物の建つ地域区分や床面積などの条件や、使用する設備機器の種類等に応じてこちらも変わります。
このように、BEIの分母、分子とも、その建物ごとの条件によって決まる値なので、やっかいなのですが、時に分母の「基準値」の方は、変動するといっても、厳密なルールで決まる値です。
そこで多くは、公的機関が公開している専用のWebプログラムで、分母(基準値)、分子(設計値)を計算することが一般的です。
専用のWebプログラム:一般財団法人住宅・建築 SDGs 推進センター「住宅に関する省エネルギー基準に準拠したプログラム」など
その結果、BEI値も算出されます。
よく見かける「大幅な削減」というフレーズ、その根拠は?
それでは、このように、いわば自動計算される、分母の「基準一次エネルギー消費量」の根拠は何なのでしょう?
公開されている資料を見てみると、「2012(平成24)年頃の標準的な設備仕様」というものが出てきます。
「基準一次エネルギー消費量」は、設備毎、地域毎、室用途毎に与えられる「基準一次エネルギー消費量原単位(MJ/m2年)」を元に算出される。「基準一次エネルギー消費量原単位」は、(略)、平成24年時点における標準的な設備仕様(これを標準設備仕様とする)を(略)エネルギー消費量計算に適用して算出する。
国土交通省合同会議資料:建築物の基準一次エネルギー消費量の算定方法について(案)より一部引用、編集
これを具体的に説明すると、
「断熱等級4の断熱性能を持つ外皮」の住宅で、「2012年ころの標準設備」を使った場合に想定されるエネルギー消費量
なのだそうです。
前真之「エコハウスのウソ2025⑦」(日経アーキテクチュアNo.1258 2024.2-22)より
たとえば、住宅の照明設備を一例に取ると、「基準値(2012年ころ)」の仕様は「白熱灯」。しかし、最近は「LED照明」が、ごく一般的ですね。
この基準値の設定、厳しいと見るか、緩いと見るか、いかがでしょうか?
この「基準値」を達成すると、「一次エネルギー消費量等級4」。これが、2025年からの省エネ基準の要求レベルです。
このようにして算出した結果のBEI値が0.8、つまり「基準値(2012年ころ)」の2割減が「一次エネルギー消費量等級6」、すなわち、ZEH-Mの要求する一次エネルギー消費量なのですね。

(3)「Orientedは再エネ不要」 ~ そもそもZEHとは「断熱性能、省エネ性能、そして再エネによるエネルギー収支ゼロ」ではなかったの?

ゼロエネルギーにならないZEHマンション、そして、再エネを外した「ZEH水準」について
再エネの導入は「必要ない」?
はじめのところでも触れましたが、ZEH-M(ZEHマンション)についての説明は、多くの場合、まず「ZEHとは」で始まり、その次に「集合住宅(マンション)におけるZEHについて」と続きます。
説明の順序としては、そうなりますが、しかし「ZEHとは・・・エネルギー収支ゼロ」と説明され、その後で、「マンションでは4種類・・・そのうち、ZEH-M Orientedは再生可能エネルギーの導入不要(つまり収支ゼロにはならない)」と、流れます。
これからマンションを購入したい方々にとっては、マンションのエネルギーなんてとりあえず興味ないかも知れませんが、
「ZEHは・・・光熱費ゼロを意味するものではない(家電、厨房等のエネルギー消費量は含まない)」
なんて、小さく注記※があったりするのを見ると、「つまりゼロとは何なの」と、ちょっと気になりませんか。
※ZEB・ZEH委員会「集合住宅におけるZEHの設計ガイドライン」(2024年3月更新版)の「ZEH定義」注記
あらためて「ZEHの定義」から(まず住宅全般)
ここであらためて「ZEHの定義」を見てみましょう。ZEHとは(くどいようで恐縮ですが)
「外皮の断熱性能等を大幅に向上させるとともに、高効率な設備システムの導入により、室内環境の質を維持しつつ大幅な省エネルギーを実現した上で、再生可能エネルギー等を導入することにより、年間の一次エネルギー消費量の収支を正味でゼロとすることを目指した住宅」
(出典)集合ZEHロードマップ フォローアップ委員会:ZEHの定義(改訂版)〈集合住宅〉平成31年3月の「ZEHの定義」のうち『定性的な定義』より

住宅金融支援機構パンフレット「ZEH-Mとは」の挿し絵から
では、あらためて「ZEH-Mの定義」(こちらがマンション)
ところが、「集合住宅におけるZEHの定義・判断基準」となると、まず、
「集合ZEHの省エネ性能は、住棟単位と住戸単位の2通りで判断し、いずれも、強化外皮基準と一次エネルギー消 費量の削減率(省エネ率)の双方の基準を満たすこと。」
そして、もはやおなじみの、
「住棟単位での評価は、3階建て以下は『ZEH-M』またはNearly ZEH-M、4・5階建てはZEH-M Ready、6階建て以上はZEH-M Orientedを設定する。」
となって、次のような表が示されます。

ZEB・ZEH委員会「集合住宅におけるZEHの設計ガイドライン」(2024年3月更新版)の「集合住宅におけるZEHの定義・判断基準」より
「建物の階数に応じて・・・」
このZEH-Mの定義では、実現可能性という観点から、集合住宅(マンション)の「階数に応じて」水準が設定されたことがポイントです。
以下、「集合住宅におけるZEHロードマップ検討委員会とりまとめ (平成30年5月)」として公表されている資料からの引用です(太字化はN研)。まず、
一次エネルギー消費量を正味ゼロとする『ZEH-M』や『ZEH』を目指していく上では再生可能エネルギーの導入が不可欠となるが、特に高層の集合住宅において住棟単位での検討を行う場合には、太陽光発電設備を設置するための屋上面積等が限られることから、物理的に『ZEH-M』の実現が困難なケースが想定される。
そのため・・・
住棟単位での評価となるZEH-Mについては、建物の階数に応じて、省エネ政策の観点から目指すべき水準を設定することとする。
その「目指すべき水準」ですが、まず3階以下は戸建てに準ずるとして、
4階建以上については、住戸数に対する太陽光発電設備を設置するための屋上面積等に制約があることに加え、特に高さ20mを超える集合住宅(6階建等)は、建築基準法(昭和25年法律第201号)第56条(隣地斜線制限)や避雷設備設置基準等の対応が求められ、屋上面での再生可能エネルギーの導入に影響する可能性があることから、4階以上5階建以下についてはZEH-M Ready、6階建以上についてはZEH-M Orientedを目指すものとする。
集合住宅におけるZEH ロードマップ検討委員会とりまとめ (平成30年5月)より
このようにして、「4種類」が設定されたわけです。
中高層のマンションは、普通のマンションでも、タワーマンションでも、みなZEH-M Orientedになるわけです。
不思議なことに、あくまで階数で決められていて、棟の平面的な規模については大小問われません。
屋上面積、斜線制限、避雷設備などの「制約条件」が挙がっていますが、平面的に規模が大きければ、そうした制約はある程度緩和されると思うのですが、そうした議論はなかったのでしょうか。
その結果、6階建て以上のマンションはOrientedだから「再エネ不要」などと表現されるのですね。(「不要」という表現は、どうも・・・)
せめて、規模的に搭載の余地のあるマンションは、階数にかかわらず、再エネの採用を検討、のような指針とならなかったのかな、と思います。
2022年改正で計算方法が緩和された断熱性能。10年前の標準的な設備仕様に比べてエネルギー消費量が2割削減となる省エネ設備。このふたつの算定結果のみで、再エネ(太陽光発電など)は搭載せず。これが、現状のZEH-M Orientedです。
ZEHではなく「ZEH水準」
ところで、「ZEH」に対して「ZEH水準」という言葉があります。(「ZEH基準の水準」も同じ意味です)
「2030年度以降新築される住宅について、ZEH基準の水準の省エネルギー性能の確保を目指す」
これは、第6次エネルギー基本計画(2021年10月閣議決定)の中にある方針です。
「ZEH」が①高断熱②高効率設備③再エネ(太陽光発電)の3つを必要とするのに対して、「ZEH水準」は①高断熱②高効率設備だけを要求して、再エネを求めていません。
さすがに「ZEH-M水準」という言い方は見かけませんが、考えてみるとZEH-M Orientedも、①高断熱②高効率設備を要求して、再エネは不要ということであれば、同様ですね。
ZEHはもともとは、「ゼロエネ」住宅、エネルギー収支ゼロだったはず。
しかし、「・・・収支を正味でゼロとすることを目指した住宅」と定義されると、そこには、目指してはいる(がゼロとは限らない)というニュアンスが感じられないでしょうか。
さらに、「ZEH水準」が目標とされて、再エネが外され、その流れの中で、ZEH-M Orientedが定義され、その解説では「再エネの導入は必要ない」とまで表現されるようになったのかなと思います。
確かに、太陽光発電設備を設けるのは、初期のコストだけでなく、その後の維持管理の必要性もあるので、できることなら避けて通りたいところでしょう。
しかし、それだけに、都市部の多くのマンションが中高層であるだけに、Orientedマンションが「再エネ不要」の定義に従って、増え続けてゆくことでしょう。
ZEH-Mマンションのゆくえ、について
「省エネ基準」となる「ZEH水準」
また繰り返しになりますが、ZEH-Mマンションでは、①強化外皮基準が求める高い断熱性能(断熱等級5)や、②BEI値0.8が求める、一次エネルギー消費量の大幅な削減(一次エネルギー消費量等級6)がセールスポイントとなっています。
「断熱性能を大幅に高め、高効率の設備を導入して、快適で、環境に優しく、しかも税制優遇のある・・・」というZEH-Mマンション。
ところが、実はこの先2030年頃には、このZEH水準を、適合を義務づけられる省エネ基準とする、というのが政府の方針です。
もしその頃、そのように法律が改正されれば、今の非ZEHの住宅は既存不適格住宅となってしまうでしょう。

まとめ

では、まとめです。
それでは、今回のまとめです。
(1)ZEH-M(ゼッチ・マンション)は、ZEHの集合住宅版。そのZEHとはnet Zero Energy Houseの略で、年間の一次エネルギー消費量の収支を正味でゼロとすることを目指した住宅のこと。
(2)しかし、ZEH-Mは建物(マンション)の階数に応じて4種類が設定されていて、この4種類は再エネの導入比率が決められている。
(3)そのうちZEH-M Orientedは「ゼロ・エネルギー指向型のマンション」ではあっても、再エネの導入は不要とされ、その結果、エネルギー収支はゼロにならない。
(4)ZEHもZEH-Mも、①強化外皮基準(地域ごとに異なる)と②BEI値0.8(基準一次エネルギ-消費量から2割削減)は必須事項。
(5)このうち、①外皮強化基準は、たとえば東京(6地域)では、外皮平均熱貫流率UA値=0.6 W/m2Kが必要。これは、断熱等級5に相当し、2025年から義務化された省エネ基準の断熱等級4より高い断熱性能が求められる。(ただし、UA値の算定方法に関して、2022年に一部緩和方向の改正があり、これは今後のZEH-Mの断熱計画に反映されると思われる)
(6)また、②のBEI値0.8は、「基準となる一次エネルギー消費量」から2割以上削減した消費量となるように、高効率な設備を採用するという趣旨で、これは、一次エネルギー消費量等級6に相当する。一方、義務化された省エネ基準では、一次エネルギー消費量等級4(BEI値1.0)が求められ、これは「基準となる一次エネルギー消費量」に相当する。(なお、この「基準」となる設備仕様とは、2012年頃の標準的な設備仕様が想定されているので、今後においては、驚くほど高性能な設備の採用が必要とまでは言えないのではないか)
(7)ZEH-Mマンションでは、高い断熱性能(断熱等級5)や一次エネルギー消費量の大幅な削減(一次エネルギー消費量等級6)が売り物となっているが、実はこの先2030年頃には、このZEH水準が適合を義務づけられる省エネ基準とされる見通しであり、それを少々先取りしているだけ(その頃、今の非ZEHの住宅は既存不適格となる)とも言えるのではないか。

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